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2022.11.19 キャンペーン/ブログ

沖縄の史跡いろいろ

首里城

首里城(しゅりじょう、沖縄方言: スイグシク)は、琉球王国中山首里(現:沖縄県那覇市)にあり、かつて海外貿易の拠点であった那覇港を見下ろす丘陵地にあったグスク(御城)の城趾です。
現在は国営沖縄記念公園の首里城地区(通称・首里城公園)として都市公園となっています。
2019年10月31日の深夜の火災により、正殿を始めとする多くの復元建築と収蔵・展示されていた工芸品が全焼・焼失または焼損しました。
これは歴史上5度目の焼失で、一度目の焼失は1453年、二度目の焼失は1660年、三度目の焼失は1709年、四度目の焼失は1945年(太平洋戦争中)となります。

首里城の創建年代は明らかではなく、近年の発掘調査から最古の遺構は14世紀末のものと推定され、三山時代には中山の城として用いられていたことが確認されています。おそらく、13世紀末から14世紀のグスク造営期に他の沖縄の多くの城同様に成立したものと考えられます。

尚巴志が三山を統一し琉球王朝を立てると、首里城を王家の居城として用いるようになりました。


玉陵(たまうどぅん

 玉陵(たまうどぅんは1501年、尚真王が父の尚円王の遺骨を改葬するために築かれ、第二尚氏王統の陵墓となりました。世界遺産のひとつで沖縄県最大の破風墓です。
 墓室は三つに分かれ、中室は洗骨前の遺骸を安置する部屋、創建当初の東室は洗骨後の王と王妃、西室には墓前の庭の玉陵碑に記されている限られた家族が葬られました。全体のつくりは、当時の板葺き屋根の宮殿を表した石造建造物になっています。墓域は、2,442㎡あります。
 沖縄戦で大きな被害を受けましたが、1974年から3年余りの歳月をかけ、修復工事が行われ、往時の姿を取り戻して今日に至っています。


識名園(しきなえん

識名園(しきなえん、沖縄方言:シチナヌウドゥン)は、1799年につくられた琉球王家最大の別邸で、国王一家の保養や外国使臣の接待などに利用されました。首里城の南にあるので「南苑(なんえん)」とも呼ばれました。
 識名園の造園形式は、池のまわりを歩きながら景色の移り変わりを楽しむことを目的とした「廻遊式庭園(かいゆうしきていえん)」です。識名園では、「心」の字をくずした池の形(心字池)を中心に、池に浮かぶ島には中国風あずまやの六角堂や大小のアーチが配され、池の周囲には琉球石灰岩を積みまわすなど、随所に琉球独特の工夫が見られます。
 1941年(昭和16年)12月13日に国指定「名勝」となりましたが、1945年(昭和20年)4月、第2次世界大戦の沖縄戦で破壊されました。1975~96年(昭和50年~平成8年)総事業費7億8千万円をかけて復元整備され、1976年(昭和51年)1月30日国指定「名勝」、2000年(平成12年)3月30日に国指定「特別名勝」となりました。
 2000年(平成12年)12月2日には、ユネスコ世界遺産(琉球王国のグスク及び関連遺産群)として登録されました。

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